本の感想を書いて紹介しておすすめなどしてみる

本の感想をかくつもりだったブログがいつの間にか雑記帳になりました。

1冊目『凹凸』紗倉まな

 

あらすじ

 結婚13年目で待望の娘・栞が生まれた一家に、ある異変が起きていた。〈あの日〉を境に夫と決別した絹子は、娘を守ろうと母親としての自分を貫こうとする。しかし、24歳になった栞は〈あの日〉の出来事に縛られ続け、恋人の智嗣に父親の姿を重ねている自分に気づく・・・。家族であり、女同士でもある母と娘、二代にわたる性と愛の物語。(背表紙より引用)

f:id:st-mild777:20170326225750j:plain

感想

話の中身について

 重く、寂しい内容でした。読んでいる途中、読み終わった後、共にずしんと心が沈みました。

 

 母の絹子、娘の栞共に、心の隙間を埋めるために必死に生きているのですがその描写が非常に寂しいのです。直接的に「寂しい」という言葉はほとんど用いられてはいません。それなのに、読んでいるこちら側までとことん寂しい気持ちにさせるのです。そのようにさせる理由として、彼女らの持つ寂しい気持ちや歪な部分が、多くの人が心の奥底に持っているであろう暗い気持ちに通ずるところにあると思います。

 

 彼女たちは幸せを求めていたわけでも求めているだけでもありませんでした。端的に捉えると、絹子は人並みの家庭を築きたい、栞は父から十分には得られなかった愛が欲しい、ただそれだけでした。二人の中には多くの人が持っている何かしらが欠落していました。二人は得体の知れない不安と闘っていたのです。その不安から逃れるために愛のようなものを求めていました。

 

 彼女たちのように多くの人はどこか欠落したところを持っています。拭いがたい不安に追われています。だから、彼女たちに共感し得るし、読み手の心にまで暗い気持ちが広がり得るのだと思います。人間のこのような部分をかくも浮き彫りにする文章を書いてしまった紗倉まなさんに驚嘆させられました。

 

 また、タイトルの「凹凸」という言葉ですが、単に男女の交わりを表すだけではありませんでした。欠落した部分、歪んだ部分をパートナーの心、パートナーからの愛によって埋め合わせる。いや、お互いに埋め合わせ合う。そのように捉えることもできます。

 

表現などについて

 心理描写については読み手の心を優しく冷たく抉ってくるような繊細な文で、情景描写は臨場感溢れるものであります。そういった技術は前作『最低。』からかなり飛躍したように感じました。

 

 章ごとに視点が変わったり時間が前後したりするので、読んでいると話の状況の整理が難しくなってしまうことがあります。しかし、それは悪いところに感じる必要はありませんでした。

 

 視点が変わるという点において、最終章では今まで語ってこなかった人がいきなり語り手になって驚かされました。とても不思議な形で書かれていて、同じ話を読んでいるようで違う話のようでした。読む視点が変わるだけでの大きな変化が実に新鮮でした。

 

 この作品では栞の父の正幸、恋人の智嗣に「あなた」という人称が使われているのも特徴の一つです。正直わかりづらくなってしまうこともありました。しかし、「あなた」という異質な語が本文中に出てくることでとてつもない存在感が放たれていたし、語り手の並々ならぬ感情が伝わってきてこれ以上の表現はなかったようにも思います。

 

 この作品は「誰が何を成した」というものではないです。うまく言葉にはできませんが、「人」、「人と人」を書いた作品です。だから、別に状況の整理は必要ではないし、書かれていない情報について想像を膨らませることもできます。断片的に書かれているからこそ伝わってきやすいこともありました。

 

 個人的に面白いと思ったのは、基本的に語り手は常体(文末に「だ」「である」を用いる様式)で語っているのですが、ときどき敬体(「です」「ます」調)で語るところです。これによって語り手の感情の高まり、人間的奥行きがかなり感じられました。

 

 また、僕がこの本で注目したのは「背中」の描写でした。正幸と智嗣、この二人の背中が書かれている箇所が多いように見受けられました。背中で父性や人柄を暗示しているようでした。

 

 本文に「朝は平等だった。」というところがあります。私は、この一言がとても印象に残りました。何の変哲もないありふれたような言葉ではあります。しかし、この物語の中で使われることでなんとも形容しがたい寂しさを感じさせます。一般的には明るい「朝」という語からどんよりとした暗さを感じさせられました。

 

 以上箇条的にはなってしまいましたが、僕の気になった点です。

 

最後に

 僕は紗倉まなさんが大好きなので贔屓目で書いてしまったかもしれません。しかし、彼女の作家としての魅力は確かなものです。AV女優という偏見なしで読んでもらいたい作品でした。